有/閑/二/次/小/説/のブログです。清×悠メインです。 当サイトは、原作者様・出版社等の各版権元とは一切関係ございません。 最初に注意書きをお読みいただければと思います。
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-1-
「あたい、女性らしくする」突然悠理は野梨子の前で言った。
20歳、大学三年の春だった。
有閑倶楽部の面々で同じ大学に残っているのは悠理、野梨子、美童の3人だった。可憐は玉の輿を目指しつつ、宝飾デザイン関係の大学へ進み、魅録は工学部のある大学へ、清四郎は某有名大学の経済学部へすすんだ。
「あら悠理どうしたんですの?」
「開眼」
「は?」
「就職活動するんだ。」
「何故、悠理が?」
「OLやる。」
「悠理が!?」
野梨子は大口を開けてびっくりした。
この子は突然、何を言い出すんだろう、と。
事の次第はこうだった。
皆が就職活動のため、いろいろとやってるときにフラフラと皆に倣って就職課にいった。勿論、別に就職はする必要が無く、とにかく花嫁修業をしてくれればと百合子達は思っていた。そして、なんとなく就職課に行った悠理に、就職課の人が「遊びに来たなら帰ってください」と言った。「遊びに来たんじゃない。」と心にも無い事をいう悠理。「じゃあ、就職する気があるんですね。」と言われ、関係書類一式記入させられた。そして「あなたみたいに、単位取得が危ない人、とってもらえるかしら?しかも、その言葉遣いや態度を直さないと無理ね。第一印象が大事なのよ」と言われたという。確かにそのとおりと野梨子は思った。
「ぜーったい就職してやる!」
「はぁ。」
「で、野梨子はどうすんだ?」
「なんですの?」
「そのまま家をつぐんだろ?」
「まあ、そうなりますわね。でも、大学院に進むことにしましたの。」
「ふ〜ん」と悠理はいい、ニヤッとする。
野梨子の彼氏は、まだ大学一年だった。野梨子は大学一年のときに裕也っぽい感じの4年生と付き合っていたが卒業を機に遠距離&大喧嘩(価値観の相違)をして別れた。そんなときに、清四郎から付き合わないかといわれたが、恋愛感情をもてないことを理由に断った。
そして先日入学してきたばかりの一年生につかまってしまった。性格は悠理に似てるが、容姿の雰囲気は魅録に似ており、頭は普通によい。しかも次男で、親は日本でわりと有名な指揮者である。バイオリンの腕はなかなかだが、いまは学内オケで鈍らない程度にバイオリンを弾いているだけである。そして野梨子に茶をならっている。
「何をニヤついていますの!悠理。」
野梨子が顔を赤らめていう。野梨子も悠理がニヤつくのでピンときた。
「ううん、なんでもないよ。あ、野梨子、あたいが変な言葉使いしたら、注意してよ。」
「よろしいですけど、悠理、既に駄目ですわ。あたい、じゃなくて、私、もしくはわたしとおっしゃってくださいな。」
-2-
それから3か月。もう夏休み半ば。
大学がみな違うので、毎年、夏休みと冬休みだけは皆で会うことにしていた。幹事は持ち回りということになっていた。今回は野梨子が幹事だった。野梨子と清四郎は昨年のことで若干気まずい関係にあり、あまり連絡をとりたがらなかった。実は前回の冬は野梨子が母と海外に行ったため、清四郎と野梨子は会ってなかった。そんな訳でやっぱり気まずいといい、悠理が電話することになった。清四郎の携帯がつながらなかったため家に電話した。
「わたくし、剣菱と申します。清四郎さん、いらっしゃいますか」
「…」
「?」
「悠理ちゃん?」清四郎の母だった。
「はい。」
「言葉遣いが違うので別人かと思ったわ。元気にしてたの?」
「ええ、お蔭さまで。」
「そうなの。ほんと、違う人みたい。あ、清四郎ね、毎日遅いのよ。学校に泊まる日もあるみたいで。論文出すから〜なんて言ってたけど。」
「そうですか。いそがしそうですね。…では、戻りましたら、×××に電話いただけるよう、お伝えしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、伝えますね。」
「よろしくお願いいたします。失礼します。」
「失礼します。」
電話を切る。
ふう。悠理は溜息をついた。だいぶ慣れてきたとはいえ、なんとなく緊張する。
5分とたたないうちに清四郎から電話がきた。
「もしもし、悠理?」
「はい。」
「家に電話…。」
「あ、今年の夏の旅行の件で。野梨子忙しいから、連絡頼まれたんだ。」
「そうですか。今年はどこに?」
「福島の××に、○日あたり。空いてる?」
「空いてます。」
とそのとき、電話口の後ろのほうで「せいしろー、いつまで電話してんの〜。」と女の声が聞こえた。「こらこら、もう少し、お待ちなさい。」と電話口を押さえる音がしたあとに聞こえてきた。じゃれあう声もする。
−−ふぅん。彼女?
「すみませんね。」
「お邪魔みたいだから、切るよ。」
「あ、待ってください。野梨子は元気ですか?」
−−野梨子、ね。
「お前ら隣同士なのに会ってないのかよ。」
「まあ、お互い忙しいですし。」苦笑する。
−−ふぅん。あれ以来、ほんとに連絡してないんだ。
悠理に意地悪心が首をもたげた。
「野梨子、いま、超ラブラブだよ。なかなかかっこいい彼氏いるんだ。清四郎もラブラブなんだろ?」
−−わたしのバカ
20年間彼氏のいない悠理にとって自己嫌悪となる発言だった。
「どうでしょうね。」と、苦笑しながら清四郎がいう。
「そういう、悠理は?人として見てくれる人が現れましたか?」
「うるさい!余計なお世話だ。切るぞ。」思わず、悠理は喚いて切ってしまった。
清四郎と話していたら思わず口調が戻ってしまい、苦笑した。
−−あと旅行まで一ヶ月か…。
なんとなく、一波乱ありそうな気がした。
-3-
そして、旅行当日。現地集合にした。3泊4日。魅録と清四郎は魅録の車で、悠理と可憐と美童と野梨子は新幹線と電車で現地へ向かう。
久々に会う可憐は様相が変化した3人をみて驚いた。思わず「あんたたち、どうしちゃったのー!」と声をあげた。
まず、美童は、魅録くらい短くし、フリフリではなかった。普通のTシャツに夏らしいジーンズ。冬にあったときにはもう少し髪が長かったし、フリフリだった。
「彼女とのカケに負けて彼女好みの服装を強いられたんだよ」とふてくされた様子でいう。
野梨子の場合、ノースリーブのワンピースは普通だが、髪が。まっすぐだった前髪が少し斜めになっていて、肩にかかる髪は少し巻かれていた。そして、茶。
「彼が茶が似合いそうというので。」と顔を赤らめながらいう。
悠理だが、白と黄色のキャミソールの二枚重ねに、古着っぽいジーンズ。ゴージャス感が無い。でも、ジーンズは高そうである。アクセサリーもターコイズとシルバーのもので統一されシンプルだ。で、髪が。肩まで伸ばしたストレート。前髪は斜め。冬は気付かなかったが、体形が女性らしくなっている。胸もあるか?という程度だったが、いまはあるね、と認識できるし、ウェストもくびれがあった。お尻は相変わらず小さかった。
−−成長が遅かったのね。お尻が小さいから、こういう服がにあうのね。
そして化粧は相変わらず薄目だが、以前より美人だった。
−−久々に見ると同性でもドキッとするわ
可憐は思った。
そういう可憐は、相変わらず、健康的なお色気を振り撒いていた。髪は少し短くしたが、基本はあまりかわらない。今日はノースリーブのシャツにパンツという、普通の服装だった。
-4-
会津若松駅についてレンタカーを借りる。鶴ヶ城を見学し、途中買い出しをして目的のホテルへ向かった。湖が近い温泉つきのホテルだった。まだ魅録たちは着いていなかった。なので先にお風呂に入ることにした。
「久々の温泉ね〜」
可憐が足を伸ばしながら、言った。
「眺めもいいですし。」
野梨子がタオルで顔を押さえる。
「うん。」
首まですっぽり入りながらいう。
「ところで、悠理、あんた、魅録とはどうなの?」
可憐が聞く。
「どうもこうも、最近、魅録は彼女が出来て、遊んでくれないんだ。だから、冬以来会ってない。あの冬に会ったあとすぐに出来たんだよ、彼女。そして、わたしにすごく嫉妬するんだ。」
悠理はうんざりした顔で言った。
−−そうなんだ。本来なら、魅録の車で来てもよかったんだ。
「あら、冬に会ったときに、あんたたち、付き合うんじゃないかと思っていたから、てっきりうまくいっていたのかと思っていたわ…」
「ありえない…」悠理が眉をひそめた。
「魅録は近すぎて恋愛感情もてないよ。」ときっぱり言った。
「そんなもんなんだ…」可憐はちょっとがっかりした。
冬に会った魅録と悠理は傍から見れば凄く素敵なカップルに見えた。
二人の笑顔が自然で。
でも、恋愛感情はなかった。ただの友達。
−−野梨子と清四郎もただの友達。合ってそうに見えるのに不思議ねぇ…。
そう思いつつ、可憐は頭に載せていたタオルで顔の汗を抑えた。
その頃、悠理は冬の出来事を思い出していた。
いつもどおり、魅録とツーリングにいった帰り、魅録に言われた。
”しばらく、一緒に遊べないよ、悠理。”
”なんで?”
”付き合うことにしたんだ。彼女と。おまえとは恋愛感情を持たないただの友達といっても、理解してもらえなかった。”
”そうなんだ…”
”でも、友情は変わらないから。”
”うん。わかってるよ”
少し寂しい風が悠理の心を通り抜けた。
手を振って別れる。
−−わたしは、ただの友達。
恋愛感情というのは、確かに持ち合わせていなかったが、恋愛によって、男女間の友情が断絶された瞬間だった。
−−男と女は難しい…。
”紅葉、温泉ツアー”と題打って、6人は東北のある地域に出掛けた。
たまには電車で、ということで新幹線に乗った。温泉の駅まで新幹線で行ったのだが、途中、こんなところを新幹線で通っていいの?というところに遭遇した。
ミニ新幹線なので、単線のところも通過する。
「いつ動物が出てくるかわかりませんわね。」
野梨子はぼそりと呟いた。
新幹線から見える紅葉は綺麗だが、猿でも飛び出してきそうで嫌だった。
ある駅に到着し、そこからレンタカーを2台かりて、旅館まで向かった。
1台めには魅録の運転で、悠理、野梨子、2台目には美童の運転で、可憐、清四郎が乗っていた。
旅館は結構山のほうにあった。天気はそんなによくなく、薄曇りだったが、途中渓流沿いの紅葉を車窓から楽しめた。
「紅葉が綺麗ですわね。」
魅録の隣で、野梨子が言う。
「そうだな。」
ふとバックミラーを見ると悠理は眠りこけていた。
せっかく紅葉を楽しみに来たのに寝ちゃっているよ、と思いつつ、魅録は仕方ないな、という顔をして微笑んだ。
旅館のある温泉地区は小さな温泉街のようになっていた。川の両側に古い旅館が連なる。
旅館の他には公衆浴場と足湯と土産屋、食堂程度しかなかった。目指す旅館は一番奥にあったので、ずっと景色を眺めていた。
「タイムスリップしたようですわね。」
野梨子が呟く。
「ほんとだ〜」
目を覚ました悠理が反応して答える。
コンクリート造りの旅館は1軒もなかった。
道路の少し下側に、木造の古い建物が連なっていて、その間に川、そしてまた建物という形で80mほど続く。
その後、少し細い道を抜けると旅館に到着した。
大きい門構えの古民家を思わせる古い旅館だった。駐車場まで車を従業員が運ぶというので、車のキーを渡してみな降りた。
旅館の中へ通されると、最初にロビーがあり、清四郎が宿泊者カードを書いているとうめこぶ茶を出された。
書き終え、清四郎も茶を飲み、部屋に向かう。古く黒光りした床や天井がひな人形の家を連想してしまい、悠理はなんとなく嫌だった。
部屋は勿論、男性部屋と女性部屋に別れたが荷物を置いて浴衣に着替えると、温泉街を散策に行くことにした。
女性達が準備を終えると、男性陣を迎えにいき、旅館を出た。
70mほど、何も無い道路を歩くと、温泉街へ出た。平日だけあって人はまばらだった。6人は川沿いの足湯に入ることにした。
椅子に腰掛けてくるぶしまで浸かるタイプと縁に腰掛けて膝までつかるタイプがあった。
美童、可憐、野梨子は裾がはだけるのが嫌ということで、くるぶしタイプ。清四郎、魅録、悠理は腰掛けるタイプのほうにした。
清四郎の隣に魅録、その隣に悠理が並んで座る。背中のほうが道、前が川。その奥にまた道と旅館等の建物が連なる。
清四郎と魅録が二人で話しているので悠理は対岸を見ていた。
若い人なんて、土産屋の店員くらいしか、いなかった。後は50歳を過ぎたであろう人たちしかいない。たいてい、旅館従業員らしい。
平日だからかもしれないけど、人がいないな、と悠理は思う。
また、悠理にとって、対岸の古い町並みを思わせる旅館群が嫌だった。川岸に植えられている、しだれやなぎも何か出そうな雰囲気を醸し出していた。
なんか、やだな、こういうの。
悠理がそう思ったときだった。
シャン…。
悠理は背後に沢山の鈴が一度に鳴ったような音を聞いた。
ん?
そう思って振り返る。
何も無い。背後には誰もいなかった。
気のせいか?
「どうかしたか?」
背後を振り返って首を捻る悠理に魅録は聞いた。
「ん、なんでもない。」
そういうとまた清四郎と話し続けた。
悠理はまた旅館のほうを見ながら足をブラブラさせた。
あ、若い人だ。
対岸に芸妓さんのような姿の女性が歩いていた。薄紫の着物を着ていて、美人だった。
悠理が見ていると、ふと振り返り、悠理を見た。女性は静かに微笑むと、悠理に対して会釈をした。悠理も会釈を返した。
と、そのとき、悠理はくしゃみを4回した。
「おい、大丈夫か?足だけじゃ寒いか?」
魅録が尋ねる。
「うん、多分平気。」
そう答えたが少し背中がぞくぞくした。
風邪でも引いたかな?
そう思いつつ、女性のいたほうに目をやると、既にそこにはいなかった。
歩くの、速いのかな?
「どうかしたか?」
悠理の不審な様子に、魅録が尋ねる。
「なんでもない。」
「そろそろ、出ませんか?足だけじゃなく、お風呂に入りにいきましょう。」
そう、清四郎が提案し、お風呂に入りにいくことにした。
近くの旅館の温泉に入りにいく。
たまたま、可憐がここにしよう!と選んだ旅館は、先ほど女性を見た旅館だった。
その旅館には川とは逆側に男女分かれた露天があった。
露天風呂からは庭園を見ることができた。
3人は温泉に浸かりながら、たわいのない話をした。
足湯でも少し温まっていた悠理は、先に上がった。
浴衣に着替え、川の見える休憩所で、川を眺めながらコーヒー牛乳を飲む。
幅2mほどの川はわりと浅くて、下が透けて見えていた。
あゆとか釣れんのかな?
じっと見ていても魚がいる様子はなかった。
シャン…。
また、鈴の音を遠くで来た。
あたりを見回しても誰もいない。窓の外を見遣るとあの女性が道路を挟んだ柳の木の側に立っていた。そして窓越しに悠理を見た。
赤い唇が妙に印象的だった。
「悠理、大丈夫ですか?」
清四郎の声で悠理は目覚めた。
「あたし…。」
悠理は布団に寝ていた。休憩室にいただけだが。
「休憩室で倒れていたんですよ。いま、こちらの旅館のご好意で休ませてもらったんですよ。」
「みんなは?」
見渡せば清四郎しかいない。
「先に買いだし含めて帰ってもらいました。」
「じゃあ、あたしたちも帰ろう。」
悠理はそう言って体を起こした。
「もう、大丈夫ですか?」
「うん。」
そう言って立ち上がろうとしたときだった。突然雷鳴が響き、雨音がした。
「雨が、降ってきたな。」
「少しいて、止みそうもなければ、傘を借りて帰りましょう。」
雨は一向に止む気配を見せなかった。二人は傘を借りて、旅館を出た。
途中、悠理が転んでしまい、足湯のところにある水道で清四郎は悠理の手についた泥を落とした。
「世話の焼ける人ですね。」
「うるさいな!」
清四郎にそういったあとふと先ほどの旅館のほうを見るとあの女性が蛇の目傘を差して立っていた。
とても悲しそうにしていたから表情が離れていても読み取れる。
「どうしました?」
清四郎にそう聞かれて、一瞬清四郎を見た。
「ん?あそこの…。」
指差したときには既に姿がなかった。
まさか、また…。幽霊?
悠理は気が重くなった。
手についた泥は清四郎に綺麗に洗われていた。
悠理は旅館に戻り温泉に入り直し浴衣を着替えた。可憐も野梨子も出掛けたまま帰ってきてなかった。雨に濡れるのが嫌だから、帰ってきてないのかもしれないが、もうすぐ夕飯なのに、まだ帰ってこない。
一人でヒマなので仕方ないから男性たちの部屋のドアをノックした。
カチャッとドアを開ける音がし、清四郎が顔をだす。
「あ、悠理。」
「暇だからきちゃった。」
中に通されると、清四郎一人だった。
「なんだ、お前も一人か。」
「ええ。悠理も?」
悠理はコクンと頷いた。
足を投げ出して座布団に座る。
「そういえば、気付きましたか?」
「何が?」
「そこ、押し入れかと思ったんですけど、ただのふすまだったんですね。」
清四郎が指をさした。
悠理が開けてみると八畳二間続きの部屋になった。
「なんだか、変な部屋。始めから、一緒にしておけばいいのにな。」
悠理はそういって、清四郎の隣に座った。
と思えば、やることがなくて、清四郎の膝に頭を乗せてごろりとその場に横になった。
やれやれ、と清四郎は思う。
ほんと、好き放題だな。
清四郎はそう思いながら悠理の頭を猫の背を撫でるように撫でた。
すると悠理は静かな寝息をたてはじめた。
悠理の重みを心地よく感じながら自身もうとうとし始めた。
20分位経過して、魅録たちが帰ってきた。
やはり雨が小降りになるまで待っていたらしい。
ひざ枕は魅録達のノックの音とともに終了してしまった。
既に食事の開始時間が過ぎていたので、帰ってきてわりとすぐに食事だった。
食事は山に近いだけあって岩魚の刺身や山菜やきのこを使った料理がふんだんに出た。
食事を終えると男性陣の部屋に向かった。といってもふすまをあければ繋がるから意味はないのだが。
布団をよけて、鍵をかけてこっそり酒盛りを始める。一応、10代なため。
8時から開始して既に3時間が経過していた。ワイン1人あたり2本の計算で買ってきたが既に8本が無くなっていた。野梨子と悠理と美童が既にその場に落ちていた。可憐も一杯一杯だった。
「まだ、飲むのぉ〜?」
9本目が開かないうちに10本目を魅録が開けようとした。
「清四郎が、まだ行けそうだぜ。」
「いいわよぉ!もう!」
そう言って、魅録の持っていたボトルを取り上げようとした。
が、その場に倒れ込んで寝入ってしまった。
魅録と清四郎の二人だけになる。
「俺達も寝るか。」
「そうですね。」
一応ワインのボトルの中を水ですすぎ、ビニール袋に入れる。コップもすすいでテーブルに置いた。
ごみも片付ける。
一人ずつ、近い布団に入れる。なので女性部屋に野梨子、美童、男性部屋に可憐、悠理の順で布団に入った。空いてるのは美童の隣と悠理の隣だった。
布団に二人で結構重労働をした。
「なんだか、起きてた損ですね。」
清四郎が苦笑する。
「そうだな。」
魅録もつられて笑った。
窓を開けて換気する。魅録は煙草に火をつけた。
「僕にもくれませんか。」
魅録は1本清四郎に渡すと火をつけた。
「吸うんだっけ?」
「ほとんど吸いませんが、たまにね。」
ごく、たまに。
清四郎は窓の外を見ながら呟いた。
自分の感情を持て余すことがあって、そんなとき。
今日も…。
清四郎は煙草を揉み消すと、「僕は美童の隣に寝ます。」と言ってそそくさと布団に入った。
魅録も煙草を消して窓を閉め、布団に入った。
清四郎はなかなか寝付けなかった。あれだけ酒を飲んだのに。
何気なく、悠理をみる。
夕方のひざ枕。
きっと、いつもどおり、何気なく、誰にでもする行為。
タマとかフクとかと一緒なんだ。
悠理を女性としてみたことはない、と思う。
ただ、目を離すことができない。
隣に寝てしまったら、そのまま、抱きしめてしまいそうで、怖かった。
愛しい、と思うことがある。
でも、何故、そう思うのか、わからない。
悠理が魅録と親しくしていると、胸の中に嫌な気持ちが広がる。
ふぅ。
ため息をつく。
こんなことを考えていても仕方ない。寝るか。
そう思ったときだった。
「ううっ…。」
悠理が苦しそうにうめいた。
!?
と思いきや、悠理は布団から起き出して、魅録の布団の傍に座り込んだ。
清四郎は驚いて、声も出なかった。
悠理は、魅録の頬に両手を添えると、何かを呟いた。
もう一度、呟く。
「惣之助さま…。」
惣之助?
とても愛しい人を見つめるように、魅録を見つめ続けると、魅録に口付けをしようと顔を近づけた。
「何してるんですの!」
振り返れば、野梨子が凄い形相で悠理を見ていた。
今までに見たこともないような、鬼気迫る表情だった。
悠理はその場にふらふらと倒れこんだ。
清四郎は悠理をそのまま、布団に寝かせた。
野梨子は、憤慨しつつ、寝た。
その後、清四郎も布団に入ったが、惣之助というキーワードと魅録へキスをしようとしたことと、野梨子の憤慨に困惑し、よく寝られなかった。
翌朝。
悠理と可憐は早々に一緒にお風呂にいった。
清四郎達4人は昨夜の出来事を話していた。
「絶対、何かが憑いたとしか、思えませんね。」
清四郎がいうと、野梨子は頷いた。
「そうですわ。だって、あんなに色っぽい顔を悠理がするはずありませんもの。」
野梨子は昨日に引き続き憤慨しながら言った。
清四郎は、やっぱり?と思う。
昨日の野梨子の顔もそうだったが、野梨子は魅録を好きなのかもしれないと。
「そういえば。魅録のこと、だと思いますけど、惣之助さまって、いってましたね。」
「魅録、その惣之助って人に、似てんのかなー。」
「どうでしょうね。」
「それにしても、一体、あいつはいつもどこで拾ってくるんだ。…まったく、寝込みを襲われたんじゃ、敵わないよ。」
魅録は相当、嫌そうに顔をしかめた。
悠理が嫌なのか、幽霊がいやなのか、他人には判断がつかなかったが。
今日もあまり天気がよくなかった。
2泊3日の予定で来ていたので、あと1泊2日、ここにいる。
悠理はなんとなく、嫌な気がしていた。
鈴の音がすると、ビクッとしてしまう。
可憐より先にお風呂から上がると、お土産コーナーを眺めにいった。
ありきたりの饅頭とかがおいてあって、おいしそうだった。
買っちゃおうかなー…。
そう思って、手にとった。
あれ?
斜め前にこの地域の資料の展示部屋がある。
悠理は、中に入ってみることにした。
そこで、ある一枚の写真を見つけた。
ふぅ…と、体の力が抜けていくのがわかった。
最初に繭子と惣之助が出会ったのは、ここの旅館のお座敷だった。
2間続きの部屋で、惣之助がお酒を飲み、繭子が舞った。
何度かそういうことが続き、この旅館に泊まるようになった。
この辺の名士の息子。
嫁の来てはたくさんあったが惣之助は繭子に惚れていた。
一緒に汽車に乗って、旅行もした。
そんなある日、惣之助は繭子に一緒に暮らそうと言った。
「惣之助さま。と一緒になってくださるんですね」
「勿論だ。」
「嬉しい。」
繭子は惣之助に抱きついた。
芸妓をやめて、惣之助の妻になる。
繭子は最高の幸せを感じていた。
しかし、それはただの夢で終わってしまった。
強硬に惣之助の両親に反対されてしまった。
気づいたときには暗いところに…。
「悠理。」
目を開けると、清四郎がいた。
「なんだ、夢か。」
あの女性に似た女性が悠理の夢の中に出てきた。
繭子といっていた。
あの人の思い人の惣之助は魅録に似ていたな…。
そんなことを考えていたら、「なんで、こんなところで寝ていたんですか。」と清四郎に突っ込まれた。
寝ていたわけじゃないけど。
ふと見ると、写真の隣に郷土史が転げ落ちていた。
「なんですか?これ。悠理が読んでいたんですか?」
パラパラとめくる。
悠理は一緒に覗きこんだ。
あっ…。
繭子と惣之助のことが書いてある。
”柳の下の悲恋。”
「この人!」
悠理が指をさした。
繭子と惣之助が写真にしっかり写っていた。
そこには、繭子が下流の柳の木の下で、自殺した話が載っていた。
その柳の木は、惣之助と駆け落ちのために待ち合わせした場所、と紹介されていた。
「この人が?」
「惣之助と繭子」
惣之助。
昨日、悠理の口から聞いた言葉だ。
「惣之助が、どうかしましたか?」
悠理は清四郎にここで見た夢の話をした。
二人は女将に、惣之助のことを聞く。
「惣之助さんは、足湯の…向かいの旅館のご主人だったんですよ。もう、亡くなって20年くらいたつかしら。繭子さんのこと、本当に好きだったみたいですけどね。」
女将も悠理と同じような話を清四郎にした。
「結局、遺体も見つからなかったんですよ。繭子さんの。せめて、骨は一緒にしてあげたかったと、惣之助さんの奥様もいってました。あの自殺は当時相当有名だったみたいですからね。こんな何もない田舎町では…。」
遺体が見つかってないのか…。
おそらく。
「じゃあ、悠理、いきましょうか。」
「えっ、どこへ?」
悠理は後ずさった。
「決まっているじゃないですか。」
「やだーっ!」
清四郎は悠理と魅録を連れて、繭子の遺体を捜しにいくことにした。
そして、何故か、野梨子たち3人もついてきた。
「この辺りが、繭子さんが自殺したと言われているところです。」
足湯から、更に300mほど下流の何もないところだった。
少し大きめの石が一つ、おいてある。
川の両岸には柳の木が植えられている。
薄曇りでどんよりした天気。
今にも雨が降りそうだ。
風も少し吹いていて、葉の無い柳の枝がしなる。
「わたし、やっぱ、宿に戻る。」
「ぼくも。」
柳の枝がしなる様子が不気味すぎて、可憐と美童はそういって旅館に帰って行った。
「あたし…も…。」
そう悠理がいったとき、雨がぽつり、ぽつりと降り始めてきた。
そして、一点を凝視する。
「悠理?」
清四郎が問うが反応しない。
ふらりとある方向へ歩き出す。
雨が強くなってきた。
野梨子がその場にへたり込んでしまう。
「…怖い。」
ガクガク震える。
「悠理の後ろに、女の方が…。」
悠理はそんな野梨子はおかまいなしに何かに導かれるように山のほうへどんどん歩いていく。
「魅録、野梨子を頼みます。僕は悠理を追います。」
「わかった。」
魅録は震える野梨子を抱えて旅館へと戻って行った。
悠理は歩く速度を速めた。
何も他には見えていないようだった。山の麓の古びた神社の鳥居を潜る。
その神社は長らく放置されているようで、かなり老朽化が進んでいた。屋根には苔や雑草が生え、今にも崩れ落ちそうだった。
また、ここにも柳の木が植えてあった。
ここの柳の木は境内によりそうようにして、立っていた。
悠理はその古びた建物の境内の柳の木の近くで佇んだ。清四郎が追いつく。
清四郎は何処かで鈴の音を聞いたような気がした。辺りを見回す。そして、悠理の見ているほうに目をやると、薄紫色の着物を来た綺麗な顔立ちの芸妓が立っていた。
肌が透き通るように白く、唇が赤い。
ひな人形のときのように悠理を通して映像が頭の中に入ってきた。
芸妓繭子と惣之助は雨の降る日に二人で逃げようとしていた。
しかし、惣之助の家の者に見つかり、雪野はひどく撲られ、箱にいれられ、境内の下に放置された。
当時、まだ、神社には神主さんがいたが、全然気づかない。
柳の葉が繭子の目に霞みながら映る。
誰も、自分には気づかない。
境内の下で2日ほど生きていたが殴られた傷からの出血で息絶えた。
惣之助の家の者は、川縁にぞうりを揃えていかにも川で入水自殺をしたようにみせかけた。
「惣之助さま…。」
悠理が呟いた。
正確には悠理ではないようだった。
悠理がゆっくり振り返った。
「わっ!」
清四郎は驚いてへたりこんだ。
悠理が悠理ではなかった。
顔が醜く腫れあがり、頭と口から血を流していた。
「わたしは、肉体を得ました。」
繭子はそう言って遠くを見つめた。
「惣之助さまと一緒になれる。」
清四郎を見る。
「邪魔は、するな。」
清四郎は余りの恐ろしさに身動きがとれなかった。
繭子は悠理の肉体を乗っ取ったまま、旅館街へ向かって歩きだした。
雨はいっそう強く降り出した。
しばらく呆然と清四郎はその場にへたりこんでいた。
やがて、正気になると悠理を追おうとした。
だが。
清四郎は追うのをやめ、別の方向へと歩いていった。
一方、体を乗っとられた悠理は旅館に戻った。
「あら悠理、ずぶ濡れじゃない。」
可憐はタオルを持って来て悠理の頭を拭いた。
「そういえば清四郎は?」
美童の問いに悠理は黙したままだった。
変なの?と思いつつ、テレビを見る。
「清四郎がきたら、ガラス美術館に行くつもりだけど、行くよな?昼飯も食べに行きたいし。」
この地域の案内パンフレットを見ていた魅録が言った。
「それより、先にお風呂に入って来てくださいな。風邪をひきますわよ。」
悠理は黙って野梨子の言うことに従った。
様子がおかしいと誰もが思ったが、特に何をするわけでもないので、放置した。
悠理がお風呂から上がってきてもまだ清四郎は帰って来てなかった。
「どこまで行ったんだろ。おそいな。」
魅録が呟いた。
外は雨が降り続く。
その頃清四郎は繭子のことを調べていた。
ただ誰にきいても自殺という答えしかかえって来なかった。
惣之助の直系が経営する旅館の女将にも聞いたが、わからないという答えが返ってきた。
「でも、叔母さんなら知ってるかもしれないだ。」
そういって、女将は、惣之助の孫の家を教えてくれた。
「ずぶ濡れだなー。」
清四郎を見るなり、惣之助の孫の弥生は笑った。
タオルを貸してくれ、家にあげた。
「さっき、みどりちゃんから、聞いたずよぅ。惣之助祖父さんのことと繭子さんのこと、知りたいんだって?」
「ええ。」
弥生は、清四郎にお茶をいれると、奥の部屋に入っていった。
「祖父さんが大事にしていた、お守りだぁ。」といって古い金毘羅さんのお守りをみせた。
「昔、祖父さんが繭子さんと金毘羅さんに行って二人で買ってきたものらしいんだず。小さい頃祖父さんが一度だけ話してくれた。何日もかかって行ったな、と。あの時の祖父さんは幸福そうだった。」
そう言ってから思い出したように、また、仏壇の引き出しから一枚の写真と小さな布袋を出して来た。
繭子と惣之助の写真だった。惣之助はシルクハットにスーツを着ていた。
惣之助は、魅録によく似ていた。髭をはやした魅録という感じで精悍な感じがした。
「祖母さんが、少しだけ祖父さんの骨を分けてたんだ。少しは一緒にしてやりたいと。当時、繭子さんが自殺したと知った祖父さんの落胆ぶりは見てられなかったらしい。祖母さんはその自殺事件から、2年後に結婚したらしいんだけどよぅ。いつも一人でいるとぼんやりしている祖父さんが、寂しそうに川のほうを見つめていたようなんだ。」
そういって、袋を清四郎の手の上に乗せた。
「もし、おめのいうとおり、繭子さんの幽霊がいるとしたら、これを渡してくれねか?」
清四郎は困惑しつつも袋を受け取った。
幽霊がこんなもの、受け取るんだろうか?
繭子の墓はない。
でも、おそらく、あの神社の境内に遺体はあるはずだ。
おそらく、柳の木の近く…。
清四郎はまた神社に戻った。
そこには。
悠理の体を乗っ取った繭子が立っていた。
魅録がぼんやりとした顔で隣にいた。
清四郎が来る20分ほど前のことだった。
美童、可憐、野梨子は意識を失うように部屋で寝入ってしまった。
魅録は悠理に誘われるままに神社にきた。悠理から発せられる香の薫りが、付いていかないといけないような気持ちにさせられた。
雨は降っていて、二人とも傘をさしながら、歩いた。
歩いている最中、段々、魅録の意識も遠退いていった。
悠理は魅録の首に腕を回した。二人の傘が落ちる。
「悠理!」
清四郎は、悠理に話し掛ける。
悠理は清四郎をみた。
「邪魔するな、と言ったはずだ。」
そこにいたのは悠理ではなく、血は流していなかったが、顔は繭子そのものだった。
「僕の友人をどうするつもりですか。」
何も答えない。
「魅録はあなたの惣之助さんではない。悠理に至っては無関係だ。」
「わたしは、惣之助さまと一緒に暮らす…。夢だった。」
そういうと、魅録に口づけた。
悠理じゃないとわかっていても、清四郎は内心すごく嫌な気がした。
「惣之助様は、わたしのもの。」
ぎゅっと魅録を抱き締める。魅録の表情は虚ろだった。
「魅録は惣之助さんじゃないんだ。」
そう言って、金毘羅さんのお守りを出した。
「あなたの惣之助さんのものだ。惣之助さんは、死ぬまでずっとあなたを思っていた。」
そのお守りを見た瞬間、繭子はひるんだ。
悠理から分離する。
悠理と魅録がその場に崩れ落ちた。
幻影のように薄くなった繭子は空を見つめ涙した。
「あなたと一緒に埋めるはずの遺骨もこちらにあります。」
「わたしの体と一緒に、してくれるのか…?」
清四郎が頷くと、繭子はにっこりと微笑んだ。
「惣之助さまが、…近くまできてる。」
そういうと、清四郎を自分の遺体の側まで案内した。
箱の中には、既に朽ちている人骨らしいものがあった。
そして、そこには、いくつかに連なった鈴が、落ちていた。
その後、警察を呼び、繭子は町の人により弔われた。
ずっと雨の中にいた悠理、魅録、清四郎は熱を出した。
美童と可憐は予定通りデートがあるため、翌日帰ったが、野梨子は3人につきあって、残ることにした。
そして、何故か部屋割が変わっていた。
野梨子が、魅録の看病をするという理由で。
ふすまを閉める際に野梨子が、衝撃発言をした。
「私と魅録は、つきあっておりますのよ。邪魔しないでくださいね。」
ピシャッとふすまが閉まる。
清四郎と悠理は唖然とした。
「…ふすま閉められちゃったよ。」
悠理は清四郎から布団を離しながらぼやいた。
約1mくらい、清四郎の布団から、悠理は布団を引き離した。
美童や魅録だと全く意識しないで隣に寝られるのだが、清四郎だと何故か意識をしてしまう。
近くにいたら、どきどきして、寝られやしない。
悠理は心の中で、ぶつぶつ言っていた。
そんな様子を見て、膝枕は平然とするくせに、布団は離すのか…と清四郎は内心苦笑した。
「悠理、話しづらいから、少し近くにきませんか?。」
清四郎は悠理を呼んだ。
悠理は何も持たずに清四郎の枕元に座る。
清四郎も起き上がる。
清四郎は悠理を抱き締めた。
「何すんだよ!離せ!」
「静かに。野梨子たちに聞こえてしまう…。」
悠理は逃げようとするのをやめ、静かになった。
「今回、悠理の体を乗っ取られてしまったとき、すごく焦りました。戻ってきてよかった。」
耳元で囁くように言い、清四郎は悠理をギュッと抱き締める。
心配されていたんだと思うと悠理は胸がキュンとした。
清四郎は悠理の髪をなで、髪に口づけた。
おわり
悠理はそのまま控室に戻って服を着替えると、タクシーに乗り込むとさっさと帰った。
部屋に直行し、ベッドにうつぶせになる。
涙が止まらない。
ファーストキスが、あんな形で清四郎と…。
清四郎のことはいつも嫌いだといっているが、嫌いじゃない。
でも何故か涙が止まらない。
別にファーストキス信者でもない。
最初は好きな人とするもの、なんてことはさらさら思っていない。
でも、あんな服装見られて、そして挙句の果てに事故とはいえ、唇まで触れてしまって、もう顔なんて合わせられないと思っていた。
ちなみに悠理はどうして自分がショックなのかということは清四郎じゃないので、考えない。
コンコンッ…。
部屋のドアをノックする音がする。
「悠理、入りますよ。」
(げっ!清四郎!何しにきた!!!)
悠理はドアノブを入られないように押さえようとしたが、間に合わなかった。
「やっぱり、ここにいたんですね。」
「勝手に入るなよ。」
清四郎はそんな悠理の声を無視してベッドの上に座った。
悠理は立ったまま向き合う。
清四郎は悠理が泣きはらした顔をしていたことに気づいた。
(そこまで嫌だったのか…?)
清四郎の前に真っ黒な闇が広がったような気がした。
悠理のしゅんとした様子に、ここまで来たのはいいが、どう声をかけたらよいのかわからなかった。
暫く沈黙する。
「悠理…。」
「なんだよ!」
「かわいかったですよ、そのぅ…。サンタのコスチューム。」
(はっ?何いってんの?)
悠理は呆れた。
でも、よく見れば、清四郎は照れながら言っている。
「あの蹴りに悩殺されました…。」
(…清四郎、とうとう、頭がおかしくなったか?)
可憐のようなボディだったら悩殺もわかるけど、あたしが悩殺できるわけないじゃん、そう思いつつ。
(赤いパンツが脳裏から消えないんですよ…。これも悩殺なんでしょうね…。)
清四郎は、ふぅとため息をつく。
(そこでため息つくか!!)
悠理、内心怒る。
「で、結局、あたしをからかいにきたのか?」
悠理は怒ったような口調で言った。
こんな変な言葉ばかり、並び立てて…。
「いえ、そんな訳ではないんです。ただ、気づきかけたことがあるんですけど。」
悠理を見つめる。
悠理は視線をそらそうとするが、そらせない。
へびに睨まれた蛙状態だ。
清四郎は立ち上がると悠理の耳の上を右手で覆い被せた。
大きくて温かい手が悠理の両頬を覆った。
「もし、嫌じゃなかったらでいいんですけど。」
清四郎が悠理を見つめる。
その目は有無を言わせなかった。
悠理の心臓の鼓動が早くなった。
清四郎の顔が近づいてきて、悠理は目を瞑る。
唇が触れる。
やわらかい感触が、悠理の唇を覆った。
数分後、ゆっくりと唇を離すと清四郎は淡々と言った。
「どうも僕は悠理のことが好きになったらしいということがわかりました。」
「はぁ?」
変な告白に悠理は呆れ、驚く。
「悠理も僕のことを好きでしょ。」
「お、おう…。」
ちょっと顔を赤らめつつ、騙されたような心地で悠理がそういうと、清四郎は悠理を抱きしめた。
悠理は清四郎の温かな腕に包まれて、幸せな気分になった。
(やっぱり、あたしも好きなんだろうか…)。
清四郎を見つめる。
清四郎は悠理の耳元で囁いた。
「赤いパンツ、かわいかったですよ。」
バキッ。
悠理の鉄拳が清四郎の頬に入った。
「バカ!」
その後?
ご想像にお任せします。
おしまい
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お疲れな方に「赤いパンツ」をプレゼント(←こんなことを書くわたしが疲れてます(苦笑))。
クリスマスが近いので、悠理にミニスカサンタコスプレしてもらいました。
そういえば、会社の近くにケーキやさんができたのですが、メイドの格好なんですよね…。
全然、関係ないですけど。
可憐がカフェルームにいくとステージの近くに80席ほど準備されていた。
(最初にタレントショーで次かあ。長いな…)
そう思いつつ壁際に立ってると野梨子と清四郎がきた。二人とも律儀にケーキを持っている。
(あ、いうの忘れた。)
裏技使えばと。
毎年タレントのイベントのあと、15分ほど可憐が思うにくだらないイベントを行う。その後タレントとの交流会がある。タレントの休憩時間のつなぎだった。
今年はアニメの声優やトーク番組によく出てる人物のトークショーだった。知ってるがあまり興味はない。
でも、前の方があれを見るには野梨子も喜ぶかもなと思い、端の方の前の方に着席した。
清四郎が一番前の列の一番右、その隣が可憐、そして野梨子と続いた。清四郎は身長が高いので一番端に座った。
このとき、可憐は一番前にはじめて座って気付いたことがあった。
小学生の頃に来ていたときは大抵後ろに座っていたから気付かなかった。
(意外と段差がある)
仮設ステージと客席の段差がわりとある上、接近している。
(ちょっと見づらいかも。だからママは後ろに座ったんだ。納得。)
そんなことを考えていると野梨子から声をかけられた。
「可憐、サンタショーってなんですの?」
壁に貼ってある演題に気付いたらしい。
「見てのお楽しみよ。」
可憐は苦笑した。悠理が出演するアトラクションこそサンタショーなのである。
振り返ってみれば、不思議な客層である。タレントのことが好きそうな親子連れと明らかにプレジデントの学生と思われる集団、そしてあやしげなオタクっぽい青年たち。
(基本コンセプトは子供が楽しめるイベントだったんだけどな。)
可憐は不思議に思ったが気にしないことにした。
トークショーが始まり、時々アニメ声などをやって、子供たちが喜んでいる。
オタク風な連中もプレジデントの集団も静かなものである。
清四郎はオタク風な集団は何しに来たのか?と疑問に思ったが敢えて触れないことにした。
トークショーが終了しサンタショーのアトラクションが始まると場内アナウンスが入った。
黒サンタの衣裳をきた男性3人組がトナカイの衣裳をきた人2人を捕らえながら清四郎側から入ってきた。
「赤サンタめ!これで子供たちへケーキは運べまい。ハハハ。」
黒1が言う。
「トナカイ!助けにきたぞ!」
そう言って入ってきたのはよぼよぼの赤サンタだった。
「わー、やられたー。」
あっさりやられ、赤サンタは人質に。
(なんだこりゃ…。)
清四郎は思う。
一体、ここに何しにきたのかと。
「おじいさんを離せ!」
そういって、ステージの左がわからミニスカサンタ登場。
「サンタガール!」
「ヒューッ」
オタクたちが騒ぎ出す。
(あ、悠理♪)
野梨子は嬉しそうに目を輝かせた。
(げっ。悠理)
清四郎はひいた。
でも内心ちょっとかわいいと思っている自分がいることに驚いた。
(うわっ!清四郎)
悠理はいっそう鼠色になる。
今の自分の服装といえばサンタ衣裳のミニスカートに白いブーツ、そしてなぜかセミロングの緩いウェーブの金髪ウィッグ。しかも化粧もしてる。透明感溢れるファンデに唇なんてぷるるんだ…。
ただでさえ、こんな服装してて嫌なのに、清四郎にまで見られてしまうなんて。
心の中で大きくため息をつく。
ぼんやりしていると、黒2が叫んだ。
「やっちまえ!」
どうやら、悠理は台詞を忘れたらしい。
はっと気づいたとき、黒3が飛び掛ってきた。
(そうなのよねぇ…。)
可憐は心の中で呟く。
本格格闘をするこのサンタショー。飛び蹴りとかやる美少女が毎年出ていた。
確かに悠理は美少女だから、合っているといえば、合っているけど。
(大丈夫かしら。)
体重の重そうな男達と格闘である。
可憐は若干心配していた。
すると、後ろのほうから、怪しげな言動が聞こえてきた。
「悠理さまのコスプレ最高ですわね。」
「ほんとに。」
「ケーキ屋、黒サンタに薬盛ってないの?結局。」
「そうみたい。」
「大丈夫かしら…。」
「心配ですわ。」
(薬、盛る?黒サンタに?怖いなぁ…。)
可憐はちらっと後ろを振り返った。
いたのは、プレジデントの生徒だった。
(なんだ、悠理ファンか…。)
ステージを見ると軽々と悠理は黒3をかわし、右ストレートがみぞおちに決まる。
(心配の必要は、ないか。)
可憐は安堵した。
同じく、見ていた清四郎は、気の毒に、と苦笑していた。
「キャー!悠理さま~!」
「すてきー!」
「サンタガール、かっこいいぞー!」
あちこちから、声援が聞こえる。
子供達のほうが唖然としている様子に可憐は笑った。
「悠理~、頑張るんですのよー!」
黒1と闘う悠理に、いつのまにか野梨子まで声援していた。
(さすが、本格格闘。)
可憐は感心してしまった。
一方、ステージ上の悠理はブーツの高さにいつものように動けずにちょっと戸惑っていた。
(意外と黒サンタ強いし。回し蹴りしてくれと言われたって、この靴じゃそう感単にはできないし…。もっと動きやすい服装にしてくれればよかったのに…。)
心の中で不満たらたら。
3分ほど格闘して、黒1に悠理は勝った。
残りは黒2だけ。
同じ服装しているくせに、黒2が黒幕らしかった。
回し蹴りをいれる。
「キャー!」
「おおっ!」
「悠理さま素敵~!」
「しびれるわ~!」
「かっこいい!」
左側、そして可憐の後ろから上がる黄色声援とオタクたちの喜ぶ声。
そして、回し蹴りをした結果、スカートの中からは…。
(赤い、パンツですか…!)
清四郎は目が点になった。
自分の席からよく見える赤いフリフリのパンツ。
目がちかちかして、くらくらしてきた。
(見なくともいいものをみてしまった…。)
そう思いつつ、清四郎の目にしっかり目に焼きついた。
ちなみにオタクたちとファンは大喜び。
「悠理、今日はタマフクパンツじゃないんですのね。」
野梨子が可憐に聞いた。
「ああ、あれは私があげたアンダースコートよ。赤の衣装だから、赤のね」
小声で可憐が答える。
(アンダースコート…。アンスコ…。アンダースコア…。"_"(アンダースコアの記号))
心の中で変な変換をする清四郎。
それはさておき、その間に黒2がまた立ち上がり悠理を襲おうとした。
悠理は一度後ろのほうに下がって、助走をつけた。
(さて。最後だから、決めますか♪)
悠理の飛び蹴りが黒2に決まる。
またも見える赤いパンツ。
黒2はその場に倒れた。
清四郎はまたしっかり目撃し、くらくら。
悠理の飛び蹴りが見事に決まって、観衆から歓喜の声と拍手があがる。
そして、悠理は着地所が悪く、ステージから足を踏み外した。
「あっ…。」
清四郎の上に落ちていく。
清四郎は一瞬逃げようとしたが、後ろに被害を与えてしまうかもしれないと悠理を抱えることに決めた。それもほんの一瞬の間に。
だが、結局バランスを崩してしまい…。
ガッシャーン…。
椅子が倒れる。
清四郎と悠理が重なり合うようにして倒れた。
そして、ぷるるんとした唇は清四郎のくちびるに触れてしまう。
(悠理の唇が…。)
(嘘!)
悠理はみるみる青ざめた。
「わーっ!」
悠理は清四郎から飛び去ると、叫んで会場から立ち去った。
清四郎はその場で呆然とする。
唇が触れたことに気づいた人は悠理のウィッグで誰もいない、と思う。
でも、確かに触れてしまった。
(逃げるほど、嫌だったのか…。)
何故かそのことに多大なショックを受けた。
椅子を起こして立ち尽くす。
頭の中では自分が何故ここまでショックを受けるのか、考える…。
ナレーションが入って、とりあえず、アトラクションは締められた。
予定より早かったので、休憩時間となる。
「清四郎…。ケーキ…。」
可憐が清四郎のぐちゃぐちゃになったケーキを拾い上げて渡した。
清四郎は硬い顔をしていた。
そして、可憐は悠理が逃げていった理由を理解した。
「はい、ハンカチ。口、拭いたほうがいいわよ。」
そういって、可憐は清四郎にハンカチを渡した。
清四郎は可憐からのハンカチを受け取らずに、ぐちゃぐちゃのケーキを持ったまま外へ飛び出していった。
「あらあら。」
可憐は苦笑した。
気づかなければ気づかないで済んだことに気づいたのね、と。
状況が呑み込めていない野梨子は、突然走っていった清四郎を追いかけることもせず、ただ、その場に立ち尽くした。