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みかんと惑星

有/閑/二/次/小/説/のブログです。清×悠メインです。 当サイトは、原作者様・出版社等の各版権元とは一切関係ございません。 最初に注意書きをお読みいただければと思います。

柳の木の下

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柳の木の下

”紅葉、温泉ツアー”と題打って、6人は東北のある地域に出掛けた。
たまには電車で、ということで新幹線に乗った。温泉の駅まで新幹線で行ったのだが、途中、こんなところを新幹線で通っていいの?というところに遭遇した。
ミニ新幹線なので、単線のところも通過する。
「いつ動物が出てくるかわかりませんわね。」
野梨子はぼそりと呟いた。
新幹線から見える紅葉は綺麗だが、猿でも飛び出してきそうで嫌だった。
ある駅に到着し、そこからレンタカーを2台かりて、旅館まで向かった。
1台めには魅録の運転で、悠理、野梨子、2台目には美童の運転で、可憐、清四郎が乗っていた。
旅館は結構山のほうにあった。天気はそんなによくなく、薄曇りだったが、途中渓流沿いの紅葉を車窓から楽しめた。
「紅葉が綺麗ですわね。」
魅録の隣で、野梨子が言う。
「そうだな。」
ふとバックミラーを見ると悠理は眠りこけていた。
せっかく紅葉を楽しみに来たのに寝ちゃっているよ、と思いつつ、魅録は仕方ないな、という顔をして微笑んだ。

旅館のある温泉地区は小さな温泉街のようになっていた。川の両側に古い旅館が連なる。
旅館の他には公衆浴場と足湯と土産屋、食堂程度しかなかった。目指す旅館は一番奥にあったので、ずっと景色を眺めていた。
「タイムスリップしたようですわね。」
野梨子が呟く。
「ほんとだ〜」
目を覚ました悠理が反応して答える。
コンクリート造りの旅館は1軒もなかった。
道路の少し下側に、木造の古い建物が連なっていて、その間に川、そしてまた建物という形で80mほど続く。
その後、少し細い道を抜けると旅館に到着した。
大きい門構えの古民家を思わせる古い旅館だった。駐車場まで車を従業員が運ぶというので、車のキーを渡してみな降りた。
旅館の中へ通されると、最初にロビーがあり、清四郎が宿泊者カードを書いているとうめこぶ茶を出された。
書き終え、清四郎も茶を飲み、部屋に向かう。古く黒光りした床や天井がひな人形の家を連想してしまい、悠理はなんとなく嫌だった。
部屋は勿論、男性部屋と女性部屋に別れたが荷物を置いて浴衣に着替えると、温泉街を散策に行くことにした。
女性達が準備を終えると、男性陣を迎えにいき、旅館を出た。

70mほど、何も無い道路を歩くと、温泉街へ出た。平日だけあって人はまばらだった。6人は川沿いの足湯に入ることにした。
椅子に腰掛けてくるぶしまで浸かるタイプと縁に腰掛けて膝までつかるタイプがあった。
美童、可憐、野梨子は裾がはだけるのが嫌ということで、くるぶしタイプ。清四郎、魅録、悠理は腰掛けるタイプのほうにした。
清四郎の隣に魅録、その隣に悠理が並んで座る。背中のほうが道、前が川。その奥にまた道と旅館等の建物が連なる。
清四郎と魅録が二人で話しているので悠理は対岸を見ていた。
若い人なんて、土産屋の店員くらいしか、いなかった。後は50歳を過ぎたであろう人たちしかいない。たいてい、旅館従業員らしい。
平日だからかもしれないけど、人がいないな、と悠理は思う。
また、悠理にとって、対岸の古い町並みを思わせる旅館群が嫌だった。川岸に植えられている、しだれやなぎも何か出そうな雰囲気を醸し出していた。
なんか、やだな、こういうの。
悠理がそう思ったときだった。
シャン…。
悠理は背後に沢山の鈴が一度に鳴ったような音を聞いた。
ん?
そう思って振り返る。
何も無い。背後には誰もいなかった。
気のせいか?
「どうかしたか?」
背後を振り返って首を捻る悠理に魅録は聞いた。
「ん、なんでもない。」
そういうとまた清四郎と話し続けた。
悠理はまた旅館のほうを見ながら足をブラブラさせた。
あ、若い人だ。
対岸に芸妓さんのような姿の女性が歩いていた。薄紫の着物を着ていて、美人だった。
悠理が見ていると、ふと振り返り、悠理を見た。女性は静かに微笑むと、悠理に対して会釈をした。悠理も会釈を返した。
と、そのとき、悠理はくしゃみを4回した。
「おい、大丈夫か?足だけじゃ寒いか?」
魅録が尋ねる。
「うん、多分平気。」
そう答えたが少し背中がぞくぞくした。
風邪でも引いたかな?
そう思いつつ、女性のいたほうに目をやると、既にそこにはいなかった。
歩くの、速いのかな?
「どうかしたか?」
悠理の不審な様子に、魅録が尋ねる。
「なんでもない。」
「そろそろ、出ませんか?足だけじゃなく、お風呂に入りにいきましょう。」
そう、清四郎が提案し、お風呂に入りにいくことにした。

近くの旅館の温泉に入りにいく。
たまたま、可憐がここにしよう!と選んだ旅館は、先ほど女性を見た旅館だった。
その旅館には川とは逆側に男女分かれた露天があった。
露天風呂からは庭園を見ることができた。
3人は温泉に浸かりながら、たわいのない話をした。
足湯でも少し温まっていた悠理は、先に上がった。
浴衣に着替え、川の見える休憩所で、川を眺めながらコーヒー牛乳を飲む。
幅2mほどの川はわりと浅くて、下が透けて見えていた。
あゆとか釣れんのかな?
じっと見ていても魚がいる様子はなかった。
シャン…。
また、鈴の音を遠くで来た。

あたりを見回しても誰もいない。窓の外を見遣るとあの女性が道路を挟んだ柳の木の側に立っていた。そして窓越しに悠理を見た。
赤い唇が妙に印象的だった。

「悠理、大丈夫ですか?」
清四郎の声で悠理は目覚めた。
「あたし…。」
悠理は布団に寝ていた。休憩室にいただけだが。
「休憩室で倒れていたんですよ。いま、こちらの旅館のご好意で休ませてもらったんですよ。」
「みんなは?」
見渡せば清四郎しかいない。
「先に買いだし含めて帰ってもらいました。」
「じゃあ、あたしたちも帰ろう。」
悠理はそう言って体を起こした。
「もう、大丈夫ですか?」
「うん。」
そう言って立ち上がろうとしたときだった。突然雷鳴が響き、雨音がした。
「雨が、降ってきたな。」
「少しいて、止みそうもなければ、傘を借りて帰りましょう。」

雨は一向に止む気配を見せなかった。二人は傘を借りて、旅館を出た。
途中、悠理が転んでしまい、足湯のところにある水道で清四郎は悠理の手についた泥を落とした。
「世話の焼ける人ですね。」
「うるさいな!」
清四郎にそういったあとふと先ほどの旅館のほうを見るとあの女性が蛇の目傘を差して立っていた。
とても悲しそうにしていたから表情が離れていても読み取れる。
「どうしました?」
清四郎にそう聞かれて、一瞬清四郎を見た。
「ん?あそこの…。」
指差したときには既に姿がなかった。
まさか、また…。幽霊?
悠理は気が重くなった。
手についた泥は清四郎に綺麗に洗われていた。

悠理は旅館に戻り温泉に入り直し浴衣を着替えた。可憐も野梨子も出掛けたまま帰ってきてなかった。雨に濡れるのが嫌だから、帰ってきてないのかもしれないが、もうすぐ夕飯なのに、まだ帰ってこない。
一人でヒマなので仕方ないから男性たちの部屋のドアをノックした。
カチャッとドアを開ける音がし、清四郎が顔をだす。
「あ、悠理。」
「暇だからきちゃった。」
中に通されると、清四郎一人だった。
「なんだ、お前も一人か。」
「ええ。悠理も?」
悠理はコクンと頷いた。
足を投げ出して座布団に座る。
「そういえば、気付きましたか?」
「何が?」
「そこ、押し入れかと思ったんですけど、ただのふすまだったんですね。」
清四郎が指をさした。
悠理が開けてみると八畳二間続きの部屋になった。
「なんだか、変な部屋。始めから、一緒にしておけばいいのにな。」
悠理はそういって、清四郎の隣に座った。
と思えば、やることがなくて、清四郎の膝に頭を乗せてごろりとその場に横になった。
やれやれ、と清四郎は思う。
ほんと、好き放題だな。
清四郎はそう思いながら悠理の頭を猫の背を撫でるように撫でた。
すると悠理は静かな寝息をたてはじめた。
悠理の重みを心地よく感じながら自身もうとうとし始めた。

20分位経過して、魅録たちが帰ってきた。
やはり雨が小降りになるまで待っていたらしい。
ひざ枕は魅録達のノックの音とともに終了してしまった。
既に食事の開始時間が過ぎていたので、帰ってきてわりとすぐに食事だった。
食事は山に近いだけあって岩魚の刺身や山菜やきのこを使った料理がふんだんに出た。

食事を終えると男性陣の部屋に向かった。といってもふすまをあければ繋がるから意味はないのだが。
布団をよけて、鍵をかけてこっそり酒盛りを始める。一応、10代なため。

8時から開始して既に3時間が経過していた。ワイン1人あたり2本の計算で買ってきたが既に8本が無くなっていた。野梨子と悠理と美童が既にその場に落ちていた。可憐も一杯一杯だった。
「まだ、飲むのぉ〜?」
9本目が開かないうちに10本目を魅録が開けようとした。
「清四郎が、まだ行けそうだぜ。」
「いいわよぉ!もう!」
そう言って、魅録の持っていたボトルを取り上げようとした。
が、その場に倒れ込んで寝入ってしまった。
魅録と清四郎の二人だけになる。
「俺達も寝るか。」
「そうですね。」
一応ワインのボトルの中を水ですすぎ、ビニール袋に入れる。コップもすすいでテーブルに置いた。
ごみも片付ける。
一人ずつ、近い布団に入れる。なので女性部屋に野梨子、美童、男性部屋に可憐、悠理の順で布団に入った。空いてるのは美童の隣と悠理の隣だった。
布団に二人で結構重労働をした。
「なんだか、起きてた損ですね。」
清四郎が苦笑する。
「そうだな。」
魅録もつられて笑った。
窓を開けて換気する。魅録は煙草に火をつけた。
「僕にもくれませんか。」
魅録は1本清四郎に渡すと火をつけた。
「吸うんだっけ?」
「ほとんど吸いませんが、たまにね。」
ごく、たまに。
清四郎は窓の外を見ながら呟いた。
自分の感情を持て余すことがあって、そんなとき。
今日も…。
清四郎は煙草を揉み消すと、「僕は美童の隣に寝ます。」と言ってそそくさと布団に入った。
魅録も煙草を消して窓を閉め、布団に入った。

清四郎はなかなか寝付けなかった。あれだけ酒を飲んだのに。
何気なく、悠理をみる。
夕方のひざ枕。
きっと、いつもどおり、何気なく、誰にでもする行為。
タマとかフクとかと一緒なんだ。
悠理を女性としてみたことはない、と思う。
ただ、目を離すことができない。
隣に寝てしまったら、そのまま、抱きしめてしまいそうで、怖かった。
愛しい、と思うことがある。
でも、何故、そう思うのか、わからない。
悠理が魅録と親しくしていると、胸の中に嫌な気持ちが広がる。
ふぅ。
ため息をつく。
こんなことを考えていても仕方ない。寝るか。
そう思ったときだった。
「ううっ…。」
悠理が苦しそうにうめいた。
!?
と思いきや、悠理は布団から起き出して、魅録の布団の傍に座り込んだ。
清四郎は驚いて、声も出なかった。
悠理は、魅録の頬に両手を添えると、何かを呟いた。
もう一度、呟く。
「惣之助さま…。」
惣之助?
とても愛しい人を見つめるように、魅録を見つめ続けると、魅録に口付けをしようと顔を近づけた。
「何してるんですの!」
振り返れば、野梨子が凄い形相で悠理を見ていた。
今までに見たこともないような、鬼気迫る表情だった。
悠理はその場にふらふらと倒れこんだ。
清四郎は悠理をそのまま、布団に寝かせた。
野梨子は、憤慨しつつ、寝た。
その後、清四郎も布団に入ったが、惣之助というキーワードと魅録へキスをしようとしたことと、野梨子の憤慨に困惑し、よく寝られなかった。


翌朝。
悠理と可憐は早々に一緒にお風呂にいった。
清四郎達4人は昨夜の出来事を話していた。
「絶対、何かが憑いたとしか、思えませんね。」
清四郎がいうと、野梨子は頷いた。
「そうですわ。だって、あんなに色っぽい顔を悠理がするはずありませんもの。」
野梨子は昨日に引き続き憤慨しながら言った。
清四郎は、やっぱり?と思う。
昨日の野梨子の顔もそうだったが、野梨子は魅録を好きなのかもしれないと。
「そういえば。魅録のこと、だと思いますけど、惣之助さまって、いってましたね。」
「魅録、その惣之助って人に、似てんのかなー。」
「どうでしょうね。」
「それにしても、一体、あいつはいつもどこで拾ってくるんだ。…まったく、寝込みを襲われたんじゃ、敵わないよ。」
魅録は相当、嫌そうに顔をしかめた。
悠理が嫌なのか、幽霊がいやなのか、他人には判断がつかなかったが。

今日もあまり天気がよくなかった。
2泊3日の予定で来ていたので、あと1泊2日、ここにいる。
悠理はなんとなく、嫌な気がしていた。
鈴の音がすると、ビクッとしてしまう。
可憐より先にお風呂から上がると、お土産コーナーを眺めにいった。
ありきたりの饅頭とかがおいてあって、おいしそうだった。
買っちゃおうかなー…。
そう思って、手にとった。
あれ?
斜め前にこの地域の資料の展示部屋がある。
悠理は、中に入ってみることにした。
そこで、ある一枚の写真を見つけた。
ふぅ…と、体の力が抜けていくのがわかった。

最初に繭子と惣之助が出会ったのは、ここの旅館のお座敷だった。
2間続きの部屋で、惣之助がお酒を飲み、繭子が舞った。
何度かそういうことが続き、この旅館に泊まるようになった。
この辺の名士の息子。
嫁の来てはたくさんあったが惣之助は繭子に惚れていた。
一緒に汽車に乗って、旅行もした。
そんなある日、惣之助は繭子に一緒に暮らそうと言った。
「惣之助さま。と一緒になってくださるんですね」
「勿論だ。」
「嬉しい。」
繭子は惣之助に抱きついた。
芸妓をやめて、惣之助の妻になる。
繭子は最高の幸せを感じていた。
しかし、それはただの夢で終わってしまった。
強硬に惣之助の両親に反対されてしまった。
気づいたときには暗いところに…。

「悠理。」
目を開けると、清四郎がいた。
「なんだ、夢か。」
あの女性に似た女性が悠理の夢の中に出てきた。
繭子といっていた。
あの人の思い人の惣之助は魅録に似ていたな…。
そんなことを考えていたら、「なんで、こんなところで寝ていたんですか。」と清四郎に突っ込まれた。
寝ていたわけじゃないけど。
ふと見ると、写真の隣に郷土史が転げ落ちていた。
「なんですか?これ。悠理が読んでいたんですか?」
パラパラとめくる。
悠理は一緒に覗きこんだ。
あっ…。
繭子と惣之助のことが書いてある。
”柳の下の悲恋。”
「この人!」
悠理が指をさした。
繭子と惣之助が写真にしっかり写っていた。
そこには、繭子が下流の柳の木の下で、自殺した話が載っていた。
その柳の木は、惣之助と駆け落ちのために待ち合わせした場所、と紹介されていた。
「この人が?」
「惣之助と繭子」
惣之助。
昨日、悠理の口から聞いた言葉だ。
「惣之助が、どうかしましたか?」
悠理は清四郎にここで見た夢の話をした。

二人は女将に、惣之助のことを聞く。
「惣之助さんは、足湯の…向かいの旅館のご主人だったんですよ。もう、亡くなって20年くらいたつかしら。繭子さんのこと、本当に好きだったみたいですけどね。」
女将も悠理と同じような話を清四郎にした。
「結局、遺体も見つからなかったんですよ。繭子さんの。せめて、骨は一緒にしてあげたかったと、惣之助さんの奥様もいってました。あの自殺は当時相当有名だったみたいですからね。こんな何もない田舎町では…。」
遺体が見つかってないのか…。
おそらく。
「じゃあ、悠理、いきましょうか。」
「えっ、どこへ?」
悠理は後ずさった。
「決まっているじゃないですか。」
「やだーっ!」
清四郎は悠理と魅録を連れて、繭子の遺体を捜しにいくことにした。
そして、何故か、野梨子たち3人もついてきた。

「この辺りが、繭子さんが自殺したと言われているところです。」
足湯から、更に300mほど下流の何もないところだった。
少し大きめの石が一つ、おいてある。
川の両岸には柳の木が植えられている。
薄曇りでどんよりした天気。
今にも雨が降りそうだ。
風も少し吹いていて、葉の無い柳の枝がしなる。
「わたし、やっぱ、宿に戻る。」
「ぼくも。」
柳の枝がしなる様子が不気味すぎて、可憐と美童はそういって旅館に帰って行った。
「あたし…も…。」
そう悠理がいったとき、雨がぽつり、ぽつりと降り始めてきた。
そして、一点を凝視する。
「悠理?」
清四郎が問うが反応しない。
ふらりとある方向へ歩き出す。
雨が強くなってきた。
野梨子がその場にへたり込んでしまう。
「…怖い。」
ガクガク震える。
「悠理の後ろに、女の方が…。」
悠理はそんな野梨子はおかまいなしに何かに導かれるように山のほうへどんどん歩いていく。
「魅録、野梨子を頼みます。僕は悠理を追います。」
「わかった。」
魅録は震える野梨子を抱えて旅館へと戻って行った。
悠理は歩く速度を速めた。
何も他には見えていないようだった。山の麓の古びた神社の鳥居を潜る。
その神社は長らく放置されているようで、かなり老朽化が進んでいた。屋根には苔や雑草が生え、今にも崩れ落ちそうだった。
また、ここにも柳の木が植えてあった。
ここの柳の木は境内によりそうようにして、立っていた。
悠理はその古びた建物の境内の柳の木の近くで佇んだ。清四郎が追いつく。
清四郎は何処かで鈴の音を聞いたような気がした。辺りを見回す。そして、悠理の見ているほうに目をやると、薄紫色の着物を来た綺麗な顔立ちの芸妓が立っていた。
肌が透き通るように白く、唇が赤い。
ひな人形のときのように悠理を通して映像が頭の中に入ってきた。
芸妓繭子と惣之助は雨の降る日に二人で逃げようとしていた。
しかし、惣之助の家の者に見つかり、雪野はひどく撲られ、箱にいれられ、境内の下に放置された。
当時、まだ、神社には神主さんがいたが、全然気づかない。
柳の葉が繭子の目に霞みながら映る。
誰も、自分には気づかない。
境内の下で2日ほど生きていたが殴られた傷からの出血で息絶えた。
惣之助の家の者は、川縁にぞうりを揃えていかにも川で入水自殺をしたようにみせかけた。
「惣之助さま…。」
悠理が呟いた。
正確には悠理ではないようだった。
悠理がゆっくり振り返った。
「わっ!」
清四郎は驚いてへたりこんだ。
悠理が悠理ではなかった。
顔が醜く腫れあがり、頭と口から血を流していた。
「わたしは、肉体を得ました。」
繭子はそう言って遠くを見つめた。
「惣之助さまと一緒になれる。」
清四郎を見る。
「邪魔は、するな。」
清四郎は余りの恐ろしさに身動きがとれなかった。
繭子は悠理の肉体を乗っ取ったまま、旅館街へ向かって歩きだした。
雨はいっそう強く降り出した。

しばらく呆然と清四郎はその場にへたりこんでいた。
やがて、正気になると悠理を追おうとした。
だが。
清四郎は追うのをやめ、別の方向へと歩いていった。


一方、体を乗っとられた悠理は旅館に戻った。
「あら悠理、ずぶ濡れじゃない。」
可憐はタオルを持って来て悠理の頭を拭いた。
「そういえば清四郎は?」
美童の問いに悠理は黙したままだった。
変なの?と思いつつ、テレビを見る。
「清四郎がきたら、ガラス美術館に行くつもりだけど、行くよな?昼飯も食べに行きたいし。」
この地域の案内パンフレットを見ていた魅録が言った。
「それより、先にお風呂に入って来てくださいな。風邪をひきますわよ。」
悠理は黙って野梨子の言うことに従った。
様子がおかしいと誰もが思ったが、特に何をするわけでもないので、放置した。

悠理がお風呂から上がってきてもまだ清四郎は帰って来てなかった。
「どこまで行ったんだろ。おそいな。」
魅録が呟いた。
外は雨が降り続く。


その頃清四郎は繭子のことを調べていた。
ただ誰にきいても自殺という答えしかかえって来なかった。
惣之助の直系が経営する旅館の女将にも聞いたが、わからないという答えが返ってきた。
「でも、叔母さんなら知ってるかもしれないだ。」
そういって、女将は、惣之助の孫の家を教えてくれた。
「ずぶ濡れだなー。」
清四郎を見るなり、惣之助の孫の弥生は笑った。
タオルを貸してくれ、家にあげた。
「さっき、みどりちゃんから、聞いたずよぅ。惣之助祖父さんのことと繭子さんのこと、知りたいんだって?」
「ええ。」
弥生は、清四郎にお茶をいれると、奥の部屋に入っていった。
「祖父さんが大事にしていた、お守りだぁ。」といって古い金毘羅さんのお守りをみせた。
「昔、祖父さんが繭子さんと金毘羅さんに行って二人で買ってきたものらしいんだず。小さい頃祖父さんが一度だけ話してくれた。何日もかかって行ったな、と。あの時の祖父さんは幸福そうだった。」
そう言ってから思い出したように、また、仏壇の引き出しから一枚の写真と小さな布袋を出して来た。
繭子と惣之助の写真だった。惣之助はシルクハットにスーツを着ていた。
惣之助は、魅録によく似ていた。髭をはやした魅録という感じで精悍な感じがした。
「祖母さんが、少しだけ祖父さんの骨を分けてたんだ。少しは一緒にしてやりたいと。当時、繭子さんが自殺したと知った祖父さんの落胆ぶりは見てられなかったらしい。祖母さんはその自殺事件から、2年後に結婚したらしいんだけどよぅ。いつも一人でいるとぼんやりしている祖父さんが、寂しそうに川のほうを見つめていたようなんだ。」
そういって、袋を清四郎の手の上に乗せた。
「もし、おめのいうとおり、繭子さんの幽霊がいるとしたら、これを渡してくれねか?」
清四郎は困惑しつつも袋を受け取った。
幽霊がこんなもの、受け取るんだろうか?

繭子の墓はない。
でも、おそらく、あの神社の境内に遺体はあるはずだ。
おそらく、柳の木の近く…。
清四郎はまた神社に戻った。
そこには。
悠理の体を乗っ取った繭子が立っていた。
魅録がぼんやりとした顔で隣にいた。


清四郎が来る20分ほど前のことだった。
美童、可憐、野梨子は意識を失うように部屋で寝入ってしまった。
魅録は悠理に誘われるままに神社にきた。悠理から発せられる香の薫りが、付いていかないといけないような気持ちにさせられた。
雨は降っていて、二人とも傘をさしながら、歩いた。
歩いている最中、段々、魅録の意識も遠退いていった。


悠理は魅録の首に腕を回した。二人の傘が落ちる。
「悠理!」
清四郎は、悠理に話し掛ける。
悠理は清四郎をみた。
「邪魔するな、と言ったはずだ。」
そこにいたのは悠理ではなく、血は流していなかったが、顔は繭子そのものだった。
「僕の友人をどうするつもりですか。」
何も答えない。
「魅録はあなたの惣之助さんではない。悠理に至っては無関係だ。」
「わたしは、惣之助さまと一緒に暮らす…。夢だった。」
そういうと、魅録に口づけた。
悠理じゃないとわかっていても、清四郎は内心すごく嫌な気がした。
「惣之助様は、わたしのもの。」
ぎゅっと魅録を抱き締める。魅録の表情は虚ろだった。
「魅録は惣之助さんじゃないんだ。」
そう言って、金毘羅さんのお守りを出した。
「あなたの惣之助さんのものだ。惣之助さんは、死ぬまでずっとあなたを思っていた。」
そのお守りを見た瞬間、繭子はひるんだ。
悠理から分離する。
悠理と魅録がその場に崩れ落ちた。
幻影のように薄くなった繭子は空を見つめ涙した。
「あなたと一緒に埋めるはずの遺骨もこちらにあります。」
「わたしの体と一緒に、してくれるのか…?」
清四郎が頷くと、繭子はにっこりと微笑んだ。
「惣之助さまが、…近くまできてる。」
そういうと、清四郎を自分の遺体の側まで案内した。
箱の中には、既に朽ちている人骨らしいものがあった。
そして、そこには、いくつかに連なった鈴が、落ちていた。

その後、警察を呼び、繭子は町の人により弔われた。
ずっと雨の中にいた悠理、魅録、清四郎は熱を出した。
美童と可憐は予定通りデートがあるため、翌日帰ったが、野梨子は3人につきあって、残ることにした。
そして、何故か部屋割が変わっていた。
野梨子が、魅録の看病をするという理由で。
ふすまを閉める際に野梨子が、衝撃発言をした。
「私と魅録は、つきあっておりますのよ。邪魔しないでくださいね。」
ピシャッとふすまが閉まる。
清四郎と悠理は唖然とした。
「…ふすま閉められちゃったよ。」
悠理は清四郎から布団を離しながらぼやいた。
約1mくらい、清四郎の布団から、悠理は布団を引き離した。
美童や魅録だと全く意識しないで隣に寝られるのだが、清四郎だと何故か意識をしてしまう。
近くにいたら、どきどきして、寝られやしない。
悠理は心の中で、ぶつぶつ言っていた。
そんな様子を見て、膝枕は平然とするくせに、布団は離すのか…と清四郎は内心苦笑した。
「悠理、話しづらいから、少し近くにきませんか?。」
清四郎は悠理を呼んだ。
悠理は何も持たずに清四郎の枕元に座る。
清四郎も起き上がる。
清四郎は悠理を抱き締めた。
「何すんだよ!離せ!」
「静かに。野梨子たちに聞こえてしまう…。」
悠理は逃げようとするのをやめ、静かになった。
「今回、悠理の体を乗っ取られてしまったとき、すごく焦りました。戻ってきてよかった。」
耳元で囁くように言い、清四郎は悠理をギュッと抱き締める。
心配されていたんだと思うと悠理は胸がキュンとした。
清四郎は悠理の髪をなで、髪に口づけた。



おわり

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